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「うちのメンバーだと苦戦しそうですねこれ」

祐里の想像通り、竜也は案の定渡島監督の部屋にいた
二人で相手投手の映像を見つつ、厄介な相手だなと再認識している

「で、どうなんだ。明日は出れるのか?」
渡島にそう聞かれ、竜也は即座に頷いてみせた

「だいぶ楽になりました。明日は行けると思います。もし無理ならセカンドはやっぱり万田ちゃんですか?」
逆に竜也がそう尋ねると、渡島はニヤリと笑いながら首を振る

「杉浦が出られないなら、セカンドは伊藤を考えていた。一人でも左打者を増やしたいからな」

§

浩臣をセカンドでの起用...市予選の準決勝で行った奇策
試合前日のミーティング前、渡島は浩臣に声をかけている

「明日野手としてスタメンで行くぞ。ポジションはどこがいい?」
聞かれ、浩臣はどこでも行きますよ。ファーストでも外野でも、と答えると渡島はなぜか首を傾げている

「外野だとスローイングの際に変な癖つくから、投手を外野で使うのは私は好きじゃないんだ」
言って、渡島は例に寄ってベンチ傍で祐里と談笑していた竜也を呼び寄せる

「杉浦。明日ショートで行けるか?」
唐突な無茶ぶりで竜也が困惑していると、それを聞いた祐里も驚きを隠せない様子

「監督、こいつショートはイップスがまだ...」
そう言いかけるが、渡島はそれを制してニヤリと笑みをみせる

「もちろん仲村から聞いている。ただ、いずれ乗り越えないといけない壁だ。そしてそれは...明日だ」

どうやら決定事項のそれで、竜也は思わず頭を掻いて苦笑するしかできない状況
そして渡島はさらに驚愕の采配を披露する

「セカンドで伊藤を使う。そして伊藤、守備は無理に動くな。杉浦に全部任せるイメージでやれ」

はい? という感じで浩臣、そして竜也は開いた口が塞がらない状況
祐里も呆気に取られたそれだったが、渡島は不敵な笑みを崩さない

「杉浦は考えすぎるタイプだからな。それなら、負担をかけまくって考える暇を失くしてやるという一存だ。何か異論は?」

いや、無理でしょという考えより、やるだけやってみるかという思いが竜也の中で上回った
ダメならダメで、ショートはもう卒業ということで

「わかりました。やってみます」
竜也がそう答えると、浩臣も同様に頷いている
それで渡島は満足そうに頷くと、もう1つサプライズがあるからな。杉浦には期待してるぞと言ってその場は終わったのだったが


§


「いや、明日の試合は樋口をサードで使うつもりはないぞ」

セカンド浩臣、サード樋口という“幻夢界”に引きずり込まれ、余計なことを考えている暇が一切なくなった竜也は試合で好プレーを連発していた
ホワストで起用された京介も巧みなグラブ捌きで樋口の魔送球をカバーし、奇跡の無失策で試合を無事に終えることが出来た

「まあ杉浦が出られるなら、伊藤はベンチ待機だがな」
そう言った渡島に対し、竜也はふと浮かんだ疑問をぶつけてみる

「明日の先発、やっぱり久友ちゃんです?」
率直に尋ねると、渡島は即座に首を振ってそれを否定

「明日は右内で行く。前の登板の後、久友は肩にちょっと違和感あるって言っててな。決勝まで治せと伝えてある。他には賢人が帰塁の際に突き指して、守備に就くのが不安と言ってたな」
さすがにここまで来ると、五体満足な選手のほうが少ない。満身創痍じゃないだけマシと考えるのが妥当なのかも知れない

「準決勝、決勝は伊藤をリリーフで乗り切るつもりだ。右内がどこまで行けるかがカギだな」


何事もなく普通に作戦会議をしているが、これはいつもの光景
無駄に戦術眼に優れていることを見抜いた渡島が呼び掛け、相手のデータ分析を一緒に行っている
これを知っているのは、他には祐里だけ


「シュートピッチャー。うち、右ばかりだからちょっと嫌な予感するんですよね」
竜也がそう呟くと、渡島はいつものように口元に笑みをたたえている

「うちには優れた左バッターがいるじゃないか。なあ杉浦」
呼び掛けられ、竜也はニヤリと笑って頷いてそれを否定しなかった
むしろ得意気な表情を浮かべている有様

「明日、シュートを引っ張っていいですかね? 流し打ちより相手にダメージ与えられると思うんですけど」
竜也の提案に渡島は静かに頷いている

「私は杉浦に指示出したことがないだろう。好きにすればいい」

渡島がそう言った矢先、部屋の戸にノックの音
それで渡島がその戸を開けると、そこには祐里と浩臣の顔があった

「ね、言った通りでしょ?」
満面の笑みで祐里がそう言うと、浩臣は真顔で頷いている

「何か用か? 私は今杉浦と明日の相談をしているんだが」
涼しい顔で渡島がそう告げると、竜也はよっという感じで右手を上げてみせる

「そろそろ昼食の時間だから、竜を迎えに来たんですよ」
祐里がそう呼びかけると、渡島はもうそんな時間かという感じで左腕の時計を見て驚いた様子

「まあ大体はこんな感じだ。詳しくは練習後のミーティングで話すから、それまで杉浦は安静にしてろ」
渡島がそう言ったのを聞いて、浩臣は羨ましそうな表情を浮かべていた
それにすぐ気づいた渡島は不敵に笑んでいる

「伊藤、君は明日リリーフ待機になるが野手としてスタメン行けるか?」
急に振られたが、もちろんですと浩臣は即座に頷いてみせる
そのやり取りを聞いていた竜也と祐里は、なぜか嫌な予感を感じて互いに顔を見合わせている
そしてその予感はすぐに的中した

「スタメンで行くなら、伊藤は午後から別メニューだ。セカンドの特守と行こうじゃないか」
鬼のような提案をされ、浩臣は即座に首を振った

「明日リリーフなんで。軽くブルペン入って上がらせてください」
わかった。じゃあ明日はベンチなとあっさり渡島が頷いたので、竜也と祐里はさすがだねと感心した表情を浮かべていた